刑務所化する社会が生むストレス

 さて,懸案事項にしておいたキレやすい子が増えている原因ですが,それについては食生活が関係しているとか,テレビゲームが脳に悪影響を与えているとか,環境ホルモンのせいもあるんじゃないかとか,いろんな方がさまざまなことをおっしゃっている。食べ物や脳のことは専門ではありませんので,私自身の体験にもとづいた考えを一つだけ言い添えておきたいと思います。
 一言で言うなら,それは社会の刑務所化によって増大したストレスです。たとえば,今,都会で多くの人が暮らしているアパートやマンション。閉鎖的な狭い空間が密接して集まっているさまは,広さは違えど刑務所の構造と非常によく似ています。自由が許されているのは自分の住空間である壁の内側だけで,常に他人の存在を意識していなければならない。それも複数の他人と廊下やエレベーター,出入り口や建物の周りの自然まで共有しなければなりません。部屋の鍵さえかければ閉鎖されて,自分のプライバシーを守れる環境ではあるけれど,それ故逆に,同じマンションに住む他人への興味や競争心が高まってしまい,さまざまな軋轢や葛藤を生むことにつながっています。
 また,マンションも学校もオフィスビルも鉄とコンクリートの塊で作られ,整然として人間管理が行き届いている。好きなものを食べ,気に入った服を選んで着ているようで,実は食料品も衣類も画一的な大量生産品です。刑務所は一般社会とは無関係な場所だという思い込みを捨てて身の回りを眺めてみれば,結構似ているところが多いと思いませんか。
 もちろん,刑務所に閉じ込められっぱなしの囚人たちと比べれば,わたしたちは多くの自由を与えられているわけですが,のびのびと生活を楽しんでいるかといえばそうとも言えません。毎日決まった時間に起きて職場や学校に行き,決められたスケジュールに従って仕事や勉強をこなす。夜,帰宅すると,テレビ局が提供する決まり切った番組を眺める。休日には,大企業が準備した映画館やテーマパークやデパートを,これまた決まり切ったやり方で利用する。たまに海や山に出かけても,人工的な音楽を聴いたり,携帯型ゲームに夢中になったりして,自然とふれあう喜びに背中を向けてしまいます。
 とくに今の子どもたちは,塾や習い事に追われているだけに,夜ぼんやりテレビを眺める時間や休日に遊びに行く時間すらないという子も多いのではないでしょうか。夜の十時ごろ進学塾の前を通ると,中学や高校受験に備えて通っている少年少女が続々とビルから吐き出されてきます。どうみても小学一,二年生ぐらいのあどけない顔をした子どもたちもいて,そういう子は玄関前で待っていた母親や父親とともに帰っていく。それを見るたび,夜と日曜には読書や無駄話が許され,ときには映画鑑賞もできる囚人たちの方が,時間という点だけみればまだ自由なのかもしれない,などと思ってしまうのです。
 さて,社会が刑務所化しているということは,言い換えれば,刑務所で起こるのと同じような問題が発生しかねないということでもあります。先ほど,極端に自由を制限された囚人たちの中には,拘禁反応というノイローゼの一種におちいる者がいるという話をしました。あれほど激しいものではないにせよ,心理学でいう爆発反応ーーほんの些細な刺激で突然キレて,予想外の行動をとることは大いにあり得ます。大人以上に環境の影響を受けやすい子どもたちなら,なおさらでしょう。
 爆発反応は,生物学的にみれば原始的,動物状態への退行です。火の周りをばたばた飛び回る蛾のようなものと考えてください。ちょっとしたことでキレる子が増えているということは,それだけで今の子どもたちがストレスをかかえ,爆発寸前にまで追い詰められてしまっている証拠なのだと思います。